みなさん、最近なかなかお店の営業が滞っていまして申し訳ございません!
ですが、おかげさまで無事、本日7月16日15時48分、麻美さんが立派な男の子産んでくれました!
正常分娩で、6時間7分。めっちゃ可愛い男の子です!
2826g 、身長47.3cm!
本来は8月6日が予定日だったのですが、一惺も日梛も出産が自然に早まったので、それを見越して、7月22日を出産予定日にしていました。ところが、「もっと早く産まれそう」と心配していた通り、お腹の赤ちゃんはすくすくと成長してゆき、7/13(3日前)の夜、もう陣痛きそう、予定日よりだいぶ早いけどどうしよう、病院の予約日じゃないから心配、となって、なんとかその夜を乗り切った麻美さんは次の日に、お医者さんに相談し、急遽、分娩予約のキャンセルが出た7/16に前倒して準備しましょう、となったのでした。
前回まではファン助産院さんで自然分娩で頑張って一惺と日梛を産んできた麻美さん。昨年ファン助産院さんの医院長先生がご高齢ということもあり引退、閉院されたこともあって、今回は衛生病院で無痛分娩を選択。僕も今まで2度も大変な麻美さんを見てきた(以前のブログ参照)ので、大いに賛成して、立ち会い出産にしました。
さて、運命の7月16日!
妊婦は水分と食事の摂取は当日の朝6時まで!ということで、朝5時にみんなで起きて、一緒に食事して、いざ8時に衛生病院へ。本来は車で行く予定のところ、麻美さんは陣痛を促すために歩きを選択。やる気満々な感じでスタスタ歩く。赤ちゃんがいるのに妊娠前と体重が変わっていない麻美さん。側から見たらどう見ても今日これから出産する女性には見えないよな〜、とか思いながら、みんな一緒に病院へ。病室に行き、これからゆっくりと麻酔と陣痛促進剤を使って出産へ導くそうで、8時に病院に来てくださいとなると、11時頃にはサラッと産まれてんじゃね?とか一惺と話してた予想とは裏腹に、じっくりゆっくりそれは進んで行きました。
病院でベットに横になり、一通り説明を受けて、着替え、まずは点滴(すっと針が入ってひと安心)と血圧測定器をつけ、入院患者っぽくなった麻美さん。お腹には赤ちゃんの心音を録る機械をおき、赤ちゃんの心音を聞きながら経過を見る。1時間くらいした頃、そろそろ麻酔を始めましょうとなって、処置をするからと僕と一惺は待合室に移り、待つこと30分。ようやく処置が終わりましたと看護師さんが来て部屋に戻ると麻美さん涙目。何、どうしたの?って聞いたら、「なかなか麻酔の針がいいところに入らなくて何度も差し直して、め〜っちゃ痛かった〜。」って。麻酔の針は背骨の中の骨髄に刺すと聞いてたので、それを何度もってヤバすぎる。
な・ん・だ・と〜〜〜〜〜〜!
「何度もって何回くらい!?」「う^^^^8回、くらいか、な、10回はなかった感じ、かも」となって、「こりゃ看護師変えてやる!」「他にまともな看護師いないんか〜!」
と怒鳴り込んでやろうと思ったら、麻美さんが「でも私が身体、硬いから前向きに丸まって、背骨を丸めて背骨の間に刺す時に丸まりきれなくて、もっと丸まって、って言われてるのにできない私も悪くて難しかったんだと思う」って話し始めて、それでも胸がぎゅ〜ってなってるこの感情は収まらん、とやっぱ一言文句言ってやろうかとも思ったけど、麻酔は結局8回も耐えて麻美さんの背中に入ってるし、やり直しとかないし、看護師と揉めてこのあと雑になっても嫌だし、このやり場のない怒りは、悔しいけど収めることにした。
当の麻美さんが我慢してるわけだし、暴れても仕方ない。
少しの間麻美さんと一惺と話して、落ち着いてきた頃、くだんの看護師が様子を見に来た。
ま〜そのあとは、見てた感じ、まあ、経験が浅いとか、状況把握が下手くそそうとかは感じなかったし、テキパキとやっていたので、そのままその助産師さんに任せることにした。そして、15時頃、そろそろ状態もよくなってきたので、分娩室へとなり、30分ほどでベイビー誕生! 安産で、母子共に無事! 最高の瞬間でした!
名前は「きょうや」 ”善塔暁也” となづけました。
元気な男の子。
さて、最後一気に端折ってしまいましたが、これから麻美さんの面会に一惺と行ってきます。デザートバイキングもあるんですって。楽しみ。続きはまた後日書きます!
行ってきま〜す。
あ、写真。
追記
その後何だかんだとバタバタで、続きを書くと言いながらあっという間に1ヶ月以上が経ってしまいましたが、やっと続きを。と、その前に、まずは訂正とお詫びをしなくてはいけません。
実は僕の盛大な勘違いがありまして、あの脊髄注射は、実は看護師さんではなく麻酔技師のかたが行ったとのことを、あの面会&デザートバイキングの時に麻美さんに聞きました。担当してくださった看護師さん、勘違いをしておりまして大変申し訳ございません!m(_ _;)m
考えれば当然で、麻酔を行うのは麻酔技師さんですよね。。。加えて前屈が苦手なのも災いしてのことだったので、一概に病院のせいにして書いてはいけませんでした。頑張ってくれた衛生病院の皆様ごめんなさい。全くもって短慮な風評を垂れ流してしまい、慚愧に堪えない気持ちでいっぱいでございます。
さて、話は遡りあの麻酔の後。僕と一惺は看護師さんが麻美さんの様子を観にくるたびに病室から出され待合室へ移動させられる。その間看護師さんが麻美さんの状態を見て、「もう少しですね〜」となって再度病室に戻るを、2~3回繰り返して、とうとう「そろそろ移りましょう」となり、一緒に分娩室へ。5人くらいの女性の看護師さんのチームだった。思ったより大勢でびっくりやら安心やら。僕と一惺も帽子とマスク、白衣を借りて着用して入っていく。僕と一惺は枕元で麻美さんを励ます係。年配の看護師さんが一通りの流れの説明をする。
一惺と日梛を産んだ自然分娩の時を思い出す。僕は腰を支えたり、さすったりしながら、麻美さんが一生懸命に痛さや苦しさを耐え必死にいきんでいる姿を。苦痛を和らげるために藁にもすがる思いで僕の手を握る。その勢い、強さからその辛さをまざまざと感じ、僕はただ、握るその手を一生懸命握り返した。こちらも心臓がバクバク言いながら頑張れー!がんばれー!と励ました。思えば妊娠から出産までも、日々色々なことに気を付けていた。1日2万歩 歩かなきゃとか、口にするものに気をつけて、つわりや体調不良も乗り越えて、毎日お腹に赤ちゃんを抱えながら生活して、転ばないように気をつけて、ここまでくるまでにも大変な思いをしていて。ここに来ていっそう大きな苦難を乗り越えなきゃならなくて苦しんでいる。腰の骨格が徐々に変わっていく様が腰をさする手の感触からありありと伝わる。華奢な麻美さんの腰がまるで腫れ上がっているかのように膨張している。それこそどこが腰なのか分からなくなるほどだった。どこか他人事だった、”出産で命を落とす母子がいる”という事実が真実味を帯びる。先も見えずこの時間が永遠に続くのではないかと思う。死を隣にはべらせながら新たな生命を産もうともがく。その辛さ、痛さ、過酷さの中で必死に苦痛に抗い、ただ無事な赤ちゃんを産みたいと願い、いきみ続けている。 産声を上げたあの瞬間は、尊さ、感動、感謝の思いが、世界の全てを打ち消していた。
今回は初めての無痛分娩。無痛と名はついているものの、人によっては、タイミングによっては、無痛とは程遠い痛みを伴う出産になることもあるそうで、どうなるかは終えてみなきゃわからない。さて、準備は整った。僕と一惺も枕元の定位置につき、頑張れと声をかけつつ、最初のいきみ。しかし麻美さんは今までのお産と感覚が違って戸惑っているようだった。何せ麻酔で下半身の感覚がない中で産もうとしているのだ。これは無痛分娩的にはとてもいい状態。しかし、いきんでもちゃんといきめているかわからなくて不安だと看護師さんに伝えた。すると、ここに力を入れてくださいと、腹筋の上部に触れて、力がちゃんと入ってるか確認してくれる。二度目のいきみ。とても上手よと看護師さんが励ます。それをもう二、三度繰り返しただろうか。「んぎゃー!」と元気な声をあげて暁也は生まれた。麻美さんの母体管理がとても良かったのだろう。一惺や日梛の時に比べてとても早い。むしろ早すぎて驚くくらいで、終えてみればとても安産。でもそれでも麻美さんの顔色は血の気がかなり引いていて、それは奮闘を物語っていた。安堵。頑張ったね。本当にお疲れ様でした。子を産むというのはお腹に宿した時から生まれるまでの全ての時間をひっくるめて出産なんだと改めて感じながら、丁寧に母体管理してきた麻美さんに賞賛と感謝を。そして元気な産声をあげて生まれてきてくれた暁也にも心から感謝した。
お袋が暁也を見て、「とても綺麗な顔ね。無理に産もうとしたり、出産が上手にできないと、赤ちゃんにもストレスがかかって、圧迫痕やアザや、他にも色々なことが原因で跡ができてしまいがちなのよ。麻美ちゃんすごいわね。」と。やっぱり綺麗に産まれたことは凄いことなんだなと改めて感じ入った。
二度の自然分娩を経ての今回の無痛分娩という選択は、今考えても色々な意味でベストな選択だったと思う。
麻美さん、最高な赤ちゃんを産んでくれてありがとう!そして、暁也、元気に生まれてきてくれてありがとう!
追記した今日は10月1日。早いもので暁也が生まれて77日目が過ぎようとしている。
七日目。退院!からのお爺ちゃんの家へ。
お七夜の真鯛。
お爺ちゃんとお婆ちゃんからの誕生日ケーキ。
8月10日のお風呂タイム。
8月30日 お宮参り!
9月1日
9月9日
9月11日
9月15日
9月16日 初めて電車に乗ってのお出かけ。
9月22日
初めての靴下
9月28日
では、また!





























